132457 ランダム
 ホーム | 日記 | プロフィール 【フォローする】 【ログイン】

TESTAMENTO

TESTAMENTO

Nへ捧げる詩

  Nへ捧げる詩

我が愛しき人よ

そんな呼びかけが 今は何になろう

君は 何も語らず 駆け抜け
僕は さよなら と言った

君よ
いつまでも 一人ぼっちの君よ

僕は もう
思い出の中で死んでしまったのか
夕闇の好きな僕と
朝陽の好きな君と
一年間の長い手紙

窓の氷に 頬づえした僕が映り
長い夜が やって来た

青い便箋と 黒いインク

さよなら か

錆びついたペン先から
ポタリと落ちた ひとしずく
広い便箋の真中の 黒い血

さよならで 何も終わりはしなかった

最後の出会い
言葉なき君の 凍りついた横顔
今も 僕は許されていない

二度と許されることのない 愛ならば
その横顔を抱いて
失われた明日に 背を向けよう
それが 僕の歩むべき道だから

それで いい
僕は僕で 君は君だ
もはや 僕が何を言えようか

だが もし許されるなら
長い長い手紙を書こう
凍りついたナイフと
したたり落ちる黒い血と
消え去ることのない大地の炎で

あるがままの君が 欲しいと

さよならで 何も終わりはしなかった
僕は 罪を犯した
傷つけることしかできなかったのか

大地の炎は 動けぬ僕を焦がし続ける

殺してくれ
暗黒への転落へ
炎か 死か

愚かなる男よ
罪深き男よ
自らの炎に 苦しむがいい
振り向かぬ君は そう言うのか
君の微笑が
凍りついた顔の彼方で ゆらいでいる
踏み出せど 踏み出せど 君は遠い
倒れても 倒れても 炎は消えない

人は 誰もが孤独だ
死ぬ時は 一人だ
だが 人は 呼びかけを止めはしない

宙天の満月に吠えかける狼こそ
真に愛を知っているという

故に 狼は黙っているのか
沈黙と 哀しげな黒い瞳

狼よ
もう 語りかけることはやめよう
黙って 荒野を駆けめぐろう
満月の夜の 岩山の上に
遠吠えを聞いたなら
吹きぬける風に 耳をそばだて
燃えあがる炎で 応えよう
闇を切り裂く 長い長い遠吠えで
沈黙の中で 黒い瞳を見つめよう
だから
目をそらすのだけは やめてくれ

そうじゃない

君の素顔が 欲しいんだ
今 あるがままの
飾らぬままの
そんな君が 欲しいんだ

理想を求めているんじゃない
夢を見ているんじゃない
生きている君が
今生きている君が 欲しいんだ

愛は 重すぎる
なんて
それじゃ 僕は
何も言えない

ピアノのすすり泣き
落ち葉の舞
流れゆく白い雲

過ぎ去った言葉
過ぎ去った僕を
忘れてくれと 言いはしない
その時 確かにそうあった

許しがたい自分も 見出した

こんな僕が 今また君に
呼びかけているなんて

吹き抜ける北風に
森はざわめき 大地はゆらぎ
舞い上がるつぶてが 襲いかかる

薄れゆく意識の中で
氷のナイフが 胸を貫く

炎はあおられ 燃えあがり
傷口めがけて 責めたてる

激しさを増す苦痛に耐えることで
この呼びかけが 許されるなら
何も迷うことはない

苦痛が 狂気に変わるまで
呼び続けたいんだ 君の名を

君を見つめ
君が見つめるなら
他に 何を望むことがあろう

この世には 愛を越えるものは何もない
生命さえも 愛の前には否定しよう

生きているのは 愛を感じるためだ
生きてゆくのは 愛を求めるためだ

孤独を知る者に 言葉はいらない

僕は 狼になりたい
そして 僕には 人間の血が流れている

僕は 少し強くなった
荒野の匂い
宙天の満月
ときめきが よみがえってきた
忘れていた遠吠えに
今は 応えられる

荒野に響きわたる遠吠えで
今 探し求めるのだ
黒々とした大地
荒涼たる月夜
応える遠吠えが 聞こえなくとも
叫び声の消えることはない
守護神たる月を見つめれば
無人の荒野に 叫びは響く
高く 低く
強く 弱く

  (1974.11.16)


© Rakuten Group, Inc.